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波と文学

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浜松日記03

夜が明けるのが先が、手術が先か。という曖昧な不安を抱きながらついに朝日が窓から差し込む。妻が入院して、2回目の朝を迎える。ひとまず、山は越えたとのこと、医者がやってきて丁寧な説明をしてくれる。安心したのも束の間、破水して時間が経っているため感染症の危険性が高まっており、なおかつ予定日から9日が過ぎ腹の中の子も充分な大きさの為、妻の腕に陣痛促進剤を点滴することを促される。心配性な妻の選んだ信頼のおける大きな病院ではあるものの、ワケのわからん薬を様々な理由で投与されることに対する不安と勘繰りと抵抗は当然ある。成分を聞き、ネットで調べて、リスクとメリットの天秤を測る。 ぐぬぬと思う節も見当たるのだが、心電図から聞こえてくる赤子の声の一時的な弱まりが決断の尻を蹴り上げて決行の合図。本当に、少量を時間を掛けて妻の腕から体内へと流し込み、子宮を刺激させる。

その2分後には、効いてキタ!下腹部に痛みが出てキタ!先生!効いてキテます!と妻が言う。はええな、さすが現代医学、現在の魔術!などと感心しそうになったのだが間髪いれずに看護師が「まだ管のなかを移動中なので、腕にまで到達していません」と、気まずそうに伝えてくれた。僕は妻の顔を横目で見ながら、恥ずかしいアホめ。と思った。

妻は負けじと、いいえ!それでも効いてキテます!とワケのわからんことを言っていた。

朝から始まった促進剤の投入も、昼を過ぎて、時計の針が15時を回った頃、妻も苦しそうな様子をみせ始める。室内は快適な気温が保たれているのだが、唸り声と共に体温が高まり、彼女はすっかり汗だくになっていた、陣痛がはじまっているようだ。身体を捻らせて叫び声を上げる。顔が炎のように赤い。隣の部屋から看護師が二人、三人、次々と駆け付けてくれて妻を落ち着かせようと試みてくれるのだが、彼女は痛みに心が追い付かず、暴れる。医者の説明では、早くても今夜か、明日の出産になるということだったが、それまで彼女の体力が持つのだろうか、僕の額に、大粒の汗を垂らす不安が踊る。つーか出産じゃなくてまだ陣痛なのにマジかよ聞いてないよ、場面は混乱と錯乱のお祭り騒ぎだったが僕はそれら全てを見守ることしか出来なかった。


早くても今夜、という医者の言葉が空耳かと疑いたくなったのは16時半を過ぎて陣痛室から分娩室に移動させられる妻の姿を見た時だった。よくある“生まれたての小鹿”の物真似をしているのかと笑いたくなるほど器用に、小鹿の真似をしながら部屋を移る妻を見て、マラソンランナーを路肩で応援する観衆が持っている小さな旗が欲しくなり、婦長のような女に「あの旗、ありませんかね?」と、尋ねるも無視を決められて寂しくなった。
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